電脳九龍城の思い出
廃墟が好きだ。
というか退廃的なものが好きだ。崩れかけの建物とか、建てこわし中のビルとか、よく熟れた果物とか、枯れかけの花とか、割れた白いお皿とか。あと、耽美派。
前置きで性癖暴露大会をしてしまったが、そういったものの中で一番好きなのがかつて香港にあった九龍城砦だ。
九龍城砦、元は明治期につくられた城壁が、戦後にイギリス、中国、香港の領土主張が複雑化してできてしまった無法地帯である。
無法ゆえに、多くの人が集まり、建築基準ガバガバの超高層マンション群ができた。
増築を繰り返された街は何階を歩いているのかすら定かでなく、どこに繋がっているのかわからない管があちらこちらに伸びている。日光はわずかにしか届かない。
屋上にはいくつあるのかわからないアンテナがぎっしりとつまり、すれすれを飛行機が飛んでいく。
わたしが九龍城砦を知ったのは高校生の頃、一目見て心を奪われてしまった。そこから崩れかけの危ういバランスの建物が好きになり、廃墟にも心惹かれるようになった。
ただ、わたしがその存在を知ったときには九龍城砦はその姿を消していた。1993年から1994年の間に取り壊し工事が行われたからだ。
そりゃそうだろう、建築法を無視した上にめちゃくちゃに増築しまくった巨大建築物なんて危なすぎて現代社会が見逃すはずがない。
生まれる時代がもう少し早かったならと、気落ちしながらネットで九龍城砦の写真を収集するわたしの目に留まったのがウェアハウス川崎だった。
ウェアハウスはコンセプトを付加したアミューズメントパークを展開しているグループで、川崎店のコンセプトは「電脳九龍城」だった。
あるじゃん!!!九龍城砦!!!
馬鹿でかい声で叫んでしまった。
雨で赤茶けてしまった外観に、よくわからない中国語の文字が浮き上がる外観はものすごく魅力的だった。しかも、18歳以下立ち入り禁止。
そんなの、高校生の冒険心と浪漫をくすぐらないわけがないじゃない。
内装も写真で見た九龍城砦とよく似ていて、いつか絶対に行くことを心に決めた。
その場所に憧れて、18歳になって、高校を卒業した春に友達を連れてはじめて足を踏み入れた。
堅牢な自動ドアをくぐると、広東語の話し声が真っ先に耳に入った。赤色をおびたトタン張の壁。錆びれたエスカレーターに乗って壁を見ると淋病と歯医者のチラシが所狭しと貼られている。
赤いネオンが煌々と街を照らし、上を見上げると薄暗い中洗濯物がひらひらとはためいている。くすんだガラス窓を覗けばランジェリーを身につけたラブドールが眠っている。
アパートのものだろう整列したポストに錆びた扉、出店に吊るされた北京ダック。
「異世界」の一言に尽きる場所だった。
18ぽっちの、イオンとドンキに入っているゲームセンターしか知らない小娘にとって、大人しかいないその異世界は妖しい魅力があった。
それから、3回ほど足を運んだ。
2回目からはウェアハウス川崎のイベントで脱出ゲームを実施していたため、それに毎回参加した。
脱出ゲームは場所やイベント内容によって制限時間がかなり短いものも多いが、ここの脱出ゲームは時間無制限だった。電脳九龍城を隅から隅まで探検して、3,4時間かけて毎回謎を解いた。毎回知らない場所を知ることができてとても楽しかった。
大好きな場所だった。
昨年11月、ウェアハウス川崎は閉店した。正真正銘の廃墟になってしまった。
今はどうなっているのだろう。もう解体されてしまっただろうか。
今はなきウェアハウス川崎、青春にすべりこんでこの場所があったこと、かけがえのない思い出になって大切に心にいつもしまっている。