野菜

行った場所の記録

長崎タウンに行ってきた(2日目)

 朝、目覚ましが鳴る1時間前に目が覚めた。

お茶を沸かして、前日に買っておいた福砂屋のカステラを頬張りつつ、日が昇る中走る路面電車の様子をぼんやりと眺めた。底のザラメがとても美味しかった。

ゆっくりと身支度をして忘れ物がないかを確かめてホテルの部屋を出た。チェックアウトの手続きを済ませて塩の香りが混じる川沿いを歩いて目的地に向かう。長崎旅行2日目の朝一の予定は軍艦島のクルージングだった。

わたしは廃墟が好きだ。一番好きな廃墟は今はなき九龍城、そして二番目に好きな廃墟が軍艦島である。 

軍艦島は正式名称は端島。かつては炭鉱で栄えた島である。かつては多くの人々が住んでいたが1974年に閉山し、無人島となった。日本ではじめて鉄筋コンクリートで集合住宅が作られた場所でもある。

退廃と人工的なかっこよさが共存した世界遺産。ずっと行ってみたかった。軍艦島を見るために長崎に来たと言っても過言ではなかった。

胸をときめかせながら軍艦島デジタルミュージアムに向かった。向かう途中で見た、朝日を受けてきらめく海は美しかった。

ミュージアムで受付を済まし、クルーズの時間まで展示を見て時間を過ごした。映像が迫力があってとても良かった。VR体験などもあってリアリティがすごい。台風の影響で軍艦島に立ち入ることができなかったのでデジタルミュージアムで島の中の様子を少しでも実感できたのは良かった。

映像を見ながら元島民の方の話を聞くこともできた。個人的に好きなエピソードは島にあった監獄が酔っ払ったお父さんたちの反省室になっていたこと。

楽しい時間を過ごしている間にあっという間にクルーズの時間がきた。酔い止めも飲み準備万端、意気込んで船に乗り込んだ。

 

その日は普段の船がドッグ入りしていることによって小型船に変更になっていた。ちなみに海はしけであった。

水しぶきでときどき真っ白になる窓、大きく揺れる船、えづく客、歩くこともままならぬ船内。

デッキに出ることもできたが怖くて船内にすぐ戻ってしまった。デッキで摑まることができるものはトイレのドアノブしかなかった。事前に右回りで島を回ると聞いていて、右側の席を確保したのに左回りに急遽変更。曇る窓の向こう側でぼんやりと浮かぶ島と一瞬デッキに出た時に半分見えた姿。その日の軍艦島はさながらパズーの父親が見たラピュタの姿であった。

 

2時間のクルーズを終えて港に戻る。酔わなかったことだけは幸いだった。まあ一生できない経験かもな…と思いながら旧上海銀行長崎支店に向かった。

ここはとても素敵な建物だった。ツイッターにも写真をあげたのだが青い壁と赤い絨毯、白く発光するチューリップの形のランプ、近代の息づきを残したおしゃれで品のある場所だった。展示もハイテクで興味がある人にはとても良さそうだった。当時の上海の流行歌を蓄音機で流せるブースや、写真撮影ができるところもあった。個人的に道路に面した椅子がひとつだけ置いてある小さな部屋が印象に残っている。なんとも優雅ではないか。

お客さんもいなかったのでゆっくり見て周り、写真をパシャパシャ撮った。

その後、オランダ坂で岩崎屋本舗の角煮饅頭を食べた。軍艦島の思い出が少し悲しかったので課金してちょっと高い方のを食べた。トロトロで柔らかくて、味が染みていて美味しかった。

坂を上がっている途中、教会でお葬式の準備がされているのを見た。ああ、ここは長崎なんだ。わたしの家の近所の教会はミサはやっているけれどお葬式をやっているのは見たことがない。かつて葬儀社でアルバイトをしていた時も仏式と創価学会の式ばかりで、キリスト教式の葬儀を間近に感じたのははじめてだった。

坂を上りきった先には堂々たる大浦天主堂がそびえ建っていた。聖母マリア銅像が坂の下に広がる長崎の街を見守っていた。

中に入ると教会特有の、シンシンとした空気に包まれた。今まで見たどの教会よりも立派で厳かな場所だった。ステンドグラスは美しく、天井は芸術的だった。ここは写真撮影が禁止されていたので実際に足を踏み入れなければ見ることができない。

教会でささやかな祈りを捧げ、隣接されているキリスト教博物館に足を踏み入れる。ここでは日本のキリスト教の歴史をよく知ることができた。迫害の歴史は時に胸に刺さる。江戸時代に生きた小さな女の子が「お父様、お母様、先にパライソに向かいます。」と言い残して亡くなっていったという記録がわたしは忘れられない。

義務教育は、天正遣欧少年使節とわずかなキリシタン大名の存在と踏み絵と天草の乱しか教えてくれない。キリスト教の名前と宗派の名前しか教えてくれない。教会という場所で信条や詳しい歴史を知ることができたのはとても勉強になった。

大浦天主堂を出ると日は傾き始めていた。ふたたび新地中華街に戻り、高速バスに乗る。さようなら長崎タウン、はじめての一人旅行がこの街でよかった。

トンネルを抜け、山の景色を眺めながら空港に向かう。

空港にたどり着くと五島列島の名産地獄炊きうどんを食べた。アゴ出汁とねぎと生姜のつけ汁と生卵と醤油と鰹節につけて食べる細めのうどんは美味しかった。

次は天草に行きたい、そして軍艦島にリベンジしたい。その思いを抱えつつ飛行機に乗った。

機体は揺れていたのに、行きよりは墜ちる心配をしなかった。

窓からのぞく地上の光が増えるほど、自分の住む土地に戻ってきている気がした。