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行った場所の記録

(ネタバレ注意)映画すみっこぐらしを観てきた

冷たい風が吹く12月某日、映画すみっこぐらしを観てきた。

クレジットカードを持っていないために、上映時間2時間前に映画館に行く。平日の昼間にも関わらず残席1、奇遇にも1番すみっこの席が控えめに空いていた。

ウィンドウショッピングや、本屋の冷やかしをしつつ2時間の時間を潰し、いよいよ上映時間がやってきた。前情報で攻殻機動隊、ジョーカーより鬱など迫力のある字面がツイッターで並んでいたが、如何に。

 

結論から言うと、泣いた。最後の10分あちこちからすすり泣きの声が聞こえていた。かく言うわたしも例に漏れず。ウォータープルーフのマスカラをしてきてはいけなかった…観終わったあとにめちゃくちゃ化粧直した。

個人的な感想としては、多面的なメッセージというか、いろんな解釈ができる結末だったと思う。攻殻機動隊もジョーカーも未修なのでわからないけれど、人によっては鬱と捉えられる面も確かにあった。と思う。

映画の簡単なあらすじとしては、すみっこが好きなキャラクターたちが昔話が書かれている絵本にすいこまれて、絵本の中に住むひよこ?(謎の幼鳥)の居場所を探す話。すみっこたちの説明が序盤にされるのですみっこ初心者にも優しい。たくさんの人に観て欲しいと思えた映画だった。

ちなみに、個人的に1番好きなすみっこはざっそう。ポジティブな草すき。

 

以下、結末というか、壮大なネタバレを含む感想、考察になるのでネタバレダメな人や今後少しでも観に行く可能性がある人は絶対に見ないで欲しいです。絶対に、絶対に。フリとかではなく本気で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個人的に、はじめにぺんぎん?に仲良しのすみっこがいないことに少し違和感はあった。

しろくまにはふろしき、ねこにはざっそう、とかげにはにせつむり、とんかつにはエビフライのしっぽ。タピオカとほこりは群れでいるのでこの場合はカウントしないとして、ぺんぎん?は一人で本を読んでいたり、クレーンに世話を焼かれている感じがしたり。わりと孤独感強めな感じがした。ぺんぎん?とひよこ?が仲良しになることの伏線だったんだと思う。ぺんぎん?が自分探しをしている自らとひよこ?を結びつけたシーンは本当にかわいかった。あたまなでたくなった。

中盤、絵本の世界ですみっこたちはバラバラに飛ばされてしまう。ねこは桃太郎に、しろくまはマッチ売りの少女に、とかげは人魚姫に、とんかつは赤頭巾に、ぺんぎん?はアラビアンナイトに。ここらへんも昔話とすみっこを関連付けて考えると臆病なねこを鬼と対峙させるところや、寒さが苦手なしろくまに極寒の中マッチを売らせる、自らの身を偽っているとかげに種目違いの男に恋をする人魚姫を役をさせる、食べて欲しいとんかつに赤頭巾の役割をあてがう、本来は孤独を抱えた人間不信の王様の寝物語である冒険譚アラビアンナイトを自分探し中で河童の疑惑が強いぺんぎん?が読んでいたことや、役割を与えられたこと、それぞれが絶妙にマッチしているな…と感じた。しろくまが物語の世界を脱出するところやねこが鬼を退治せずに仲良くなるところ、とんかつが結局食べられないところはそれぞれらしさが滲んでいて良かったな、と思う。

それぞれが物語の中で奮闘する中、ひよこ?はしろくまがいる赤頭巾の世界に飛ばされる。赤頭巾の世界をしろくまと共に脱出してすみっこたちと合流していく。

終盤、ひよこ?がみにくいアヒルの子ではないかと考えたすみっこたちはひよこ?を白鳥の群れのもとに連れて行くが、ひよこ?はみにくいアヒルの子ではなかったことが判明する。

居場所が見つからないひよこ?は物語の登場人物ではなく、絵本の余白に落書きされたものであったことが明かされる。

居場所がないひよこ?だけれどまだすみっこたちの仲間になる可能性がその時点ではわたしの中にはあった。というか、多分そうなるだろうと思っていた。

ねこがページを破いてしまった影響で絵本の世界の境目はあいまいになっていく。その中ですみっこたちは自分たちがもといた世界と絵本の世界の破れ目を見つける。ひとりひとり、外の世界にもどっていくすみっこたち。ぺんぎん?はひよこ?に一緒に外の世界に行くことを提案するが絵本に描かれたひよこ?は外に出ることができない。わたしはここで一度涙腺が崩壊してしまった。絵本の世界に居場所がないひよこ?から外の世界という選択肢まで奪ってしまうことはあまりにも現実的で、その中でひよこ?に手を伸ばし続けるぺんぎん?の姿が優しくて切なかった。

結局、ひよこ?は外の世界に出られず絵本の世界にとどまることになる。もうここで、わたしは顔を覆い、劇場の子供たちは不安げな声をあげていた。

ただ、そんな中すみっこたちは自分たちができる最善のことを考えて行動した。ひよこ?が描かれた余白のまわりに自分たちをモチーフにしたひよこを描いた。その姿を観た時に大きな感情で押しつぶされた。

精一杯、現実に向き合ってひよこ?のことを考えるすみっこたちの姿はあまりに切実だった。

ひよこ?と同じ空間にいられない。そしたら、どうする?という先が描かれたことがこの映画の1番の希望で光だった。

ただ、その反面、すみっこたちとひよこ?の間にはどうしようもなく超えられない壁があって、すみっこたちとひよこ?が本当の意味で再会することはないのかもしれないという現実が考えられてとても切ない気持ちにもなった。

それでも、エンドロールで互いのことを想い合うすみっこたちとひよこ?の姿はかけがいのないものに違いなかった。

すみっこをマスコットとしてみるか、ひよこ?に自己を投影してみるか、はたまたすみっこたちに自己投影をするか。単純にストーリーを追うか。さまざまな見方とたくさんの解釈があるのではないかと思った。個人的には、こんな短い時間の、こども向けといっても過言ではない映画でいろいろな面を観せられるとは思っていなかったため、感情がバカデカくなってしまった。

大人にもこどもにも、たくさんの人に観て欲しいと思えた映画を観れて本当に良かったです。